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shake's COUNTRY LIFE
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カテゴリ:2005.10~12( 8 )
2005.12.20.
長野のライヴハウスJで行われた、Sさんの追悼ライヴに参加した。

今年10月に自殺したSさんはJの専務をやっていてライヴや作曲合宿のことでも色々世話をしてくれたし、もう一面ミュージシャンでありつつ、やくざの親分でもあるというめずらしい人だった。
98年頃長野の山の中での作曲合宿を世話してもらって以来のつきあいで、『一人だけの世界』のアルバムの中の曲のうち半分ぐらいはその時の合宿で出来た。

その時は、まだ雪が積もる4月のスキー場のロッジに、3日に一度ぐらい顔を出してくれて、一緒にお茶を飲んで作曲のことやその他いろんな話をした。

どういうときに音楽が出来るかと聞かれたので、おれは感動した時だと言い、Sさんは落ち込んだときだと言っていたのが印象に残っている。
同じ人と2回目の結婚をして今は子供のために生きているようだと言っていた。

ライヴはSさん自身がヴォーカルをやっていたバンドがSさんの作った曲を演奏し、あとはSさんにお世話になっていた俺と、とーべんさんが参加して行われた。
ステージにはずっとSさんの写真が飾ってあり、途中、2度結婚した奥さんも出てきてSさんの曲を歌ったり、俺も久しぶりにとーべんさんとも一緒に歌ったり飲んだり出来て、とても良い日だった。

音楽をやっていたおかげで、死んでからも知り合いがみんな集まり、Sさんの歌を楽しんで、歌に残された思いを感じることが出来て、音楽は素晴らしいと思った。

次の日の帰り道は、晴れて空も真っ青で、雪のかぶった長野の山をながめながらのドライヴはとても良い気持ちだった。
でも最後に、たったひとつだけでそびえている巨大な富士山に向かえられて、やっぱりこの山は特別だと思った。

Shake
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by shake_countrylife | 2005-12-20 15:25 | 2005.10~12
ソロソロソニック
ソロのパフォーマーが集まってやるイヴェントにでた。
モンゴル民謡や琴、アバンギャルドなピアノの弾き語り、ヴォイスパフォーマンスなど、どの人も個性的でとても楽しいイヴェントだった。

レッドをやっていたせいで、ロックのイヴェントに呼ばれることが多いけど、ロックだといっている人達はみんな昔の形だけにこだわっていて、創造性とは無縁なので話も合わないし、見ても面白くない事が多い。

70年前後のロックはとても創造的だったけど、それをそのままやるのとその境地で自由に音楽をやるのは全然違う。
この日の出演者はほとんど自分の存在を音に乗せて無限の空間に向かって放出しているような人達ばかりで、とても引き込まれたし、刺激になった。

ここ何年かコズミックメイトミーティングなどで、サンプラーと格闘しながらジクジク孤独にやってきたソロパフォーマンスを、同じような気持ちでやっている人に一気にたくさんで会えて嬉しかった。
中にはまったく違う楽器なのに、俺ととても似た壊れ方をしてる人もいて、腹違いの兄弟にあったようなうれしさがあった。妙な仲間意識みたいな物があった。

ロックバンドでずっとギターを弾いてきた人間としては、自分一人でも音楽が成立出来るというのはとても素晴らしいこと。不自由さもあるけど、いつでも自分さえいれば音楽が出来るし、そうすることによって毎日のように新しい発見と興奮に出会える。今まで知らなかった自分がどんどん現れてきて自分の宇宙が広がっていく。特に目的はないけど、ギターを弾くことや作曲、バンドや日常生活にもすべてプラスになるのでずっとやっていきたいと思う。

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by shake_countrylife | 2005-12-05 15:24 | 2005.10~12
カントリーライフ 3度目の秋の終わり
ここしばらくの間、ずっと天気は良い。
空気が澄んで日差しはとても明るいし、青空も夕焼けも星空もとてもきれいだ。
火星もでっかくオレンジ色に輝いている。

空き地はすべてススキで埋め尽くされ太陽の光できらきら輝き、あとは紅葉でどこも様々な色がまざったファンタジックな世界が広がっている。

どういう理由か今年の紅葉は特別きれいだ。 
富士山の下半分、広い牧草地、樹海も美しく穏やかな秋の景色でとても感動的。
ぱっと見ても赤や紫、オレンジ、黄色、どの色にも様々なバリエーションがありそれがみんな日ごとに色が変化していく。
先週樹海に入ったときも遊歩道に大きな黄色い葉っぱでいっぱいの所があり、映画のセットのようで楽しかった。

家の回りは葉っぱの色が明るいのと、風が吹くたびに雨のように葉が落ちるので木がスカスカになってくるのと同時に、地面は赤黄色で埋め尽くされて森の中は不思議な明るさに満ちている。
たくさん落ちていた栗やドングリはみんな落ち葉に埋め尽くされて見かけなくなった。
落ち葉をカシャカシャ踏みながら歩くのはとても良い気持ち。

釧路の清史は冬支度で忙しいと言っていた。
富士山の1合目もあと1週間もするとほとんどの葉が落ちて完全な冬がやってくる。
まだそんなに寒くないわりに、もうストーブもつけているので冬ならではのうれしい暖かさを感じている。

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by shake_countrylife | 2005-11-09 15:23 | 2005.10~12
本田美奈子が死んでしまった。
今年に入って癌になったのは知っていたけど、まさかこんなに早く死んでしまうとは思わなかったからビックリした。

ファンではないけど、デビューがレベッカと同じ年だったので、歌番組やリハーサルスタジオで何度か一緒になったし、彼女はアイドルとして売れていたけどロック好きで、1時期バンドを組んでいたりもして、こっちはロックバンドをやっていたので顔が合うといつもちゃんと挨拶してくれた。  

実現はしなかったけど、ミスサイゴンというミュージカルをやっていたときに一緒にレコーディングする話があって、その時はミュージカルを見て楽屋でゆっくり話した。すでに帝国劇場の大きな舞台の主役を1年以上もやっていて、初めての舞台で毎日よく集中力を保てるなと思った。休みの時は地元の畑で野菜を作っているといっていたのが印象的だった。
 
もっと生きてやりたいことはいっぱいあったと思うけど、100年前ならそんなに早死にと言うわけではないし、彼女の人生はとても素晴らしく充実していたんじゃないかな。

夜のヒットスタジオで俺が埼玉の歌ったのがとても印象的だったらしくて、「私も埼玉なんです」と言って微笑んだ彼女はとてもよかった。

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by shake_countrylife | 2005-11-06 15:21 | 2005.10~12
カントリーライフ 縄文土器にさわった
甲府盆地のはずれにある曽根丘陵公園という考古学の公園に行った。
公園は広い敷地の中に、木や芝生がとてもきれいな公園で、山もあり、その合間に大きな古墳がふたつ、そしてたくさんの小さい古墳と、考古学博物館、野外ステージまである。

いくつも重要な土器を掘り出したという学芸員が、昔浦和時代のバンド仲間で、前から誘ってくれていたし、自分も岡本太郎の関係から縄文土器に興味があったので、同じ昔のバンド仲間や今のバンド仲間を誘って行ってみた。

昔バンドをやっている頃に、アルバイトで土器の発掘をしていると聞いたときは、まったく理解できなかったけど、今はよくわかる。4500年前もの前の土器を実際に自分が初めて土地の中で発見したら、きっと興奮して夜も眠れないだろうと思った。

ただで入れてもらった上に、付きっきりで3時間も説明してくれたので、古墳や土器についてずいぶん詳しくなった。

驚いたのは大昔はこのあたりにナウマン象という耳が小さくて長い牙の像が暮らしていたらしい。古代の富士山や甲府盆地に普通に像が歩いているところを想像するのは楽しい。

縄文土器はフランスから帰った岡本太郎が戦後になって、これはアートであると言う以前は、ただ原始人が使っていた生活用品としか見られていなかったという。
実際に見るとその生活には不必要なその模様や装飾は素晴らしく、見ていると絵画を見ているのと同じように、腰のあたりがぞわぞわ気持ち良くなってくる感じがある。

俺の勝手な解釈で縄文人は、インスピレーションによって過多に装飾された土器を生活の中で使うことによって、優美な感覚に満たされることが、衣食住の他にとても必要な事だということを知っていたんだろうと思った。 
不必要に重たい土器を使い生活をしていた縄文人に、とても愛着がわいた。

弥生時代になると人は農耕して定住し、土地や物の所有の概念が定着すると土器はシンプルで軽くなり、現代の日本文化に近づいて来る。このことは日本人なのに日本的な物が好きではない自分が、実はルーツ的なところではちゃんとつながっているんじゃないかと思えて嬉しくなる。

今回は知り合いということで特別に土器をさわらせてもらった。
実際に手にとって間近に見ると、作者が土器に線を引いていた瞬間の感じがリアルに想像できて、4500年という時間を考えるとすごく不思議な感覚がした。

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by shake_countrylife | 2005-10-30 15:19 | 2005.10~12
カントリーライフ インタビューウィーク
今は別にアルバムのプロモーション中ではないのに、立て続けに家で取材があった。
ひとつはギターマガジンで、昔を振り返る特集か何かで、レッド時代のことをかなり色々聞かれた。それとそのうち自然の中で暮らすミュージシャン特集もやるらしく現在の話しもしてスタジオやテラス、樹海や牧草地で撮影した。

もう一つはアスキーというコンピューター雑誌のスローライフのコーナーで、こっちもテラスやスタジオ、あとエニグマスタジオでのジャム風景もとった。
自分の中ではスローライフというと自給自足をしているイメージがあったけど、俺のもスローライフなのかと思うとおかしかった。
夜中に1曲20分以上もハードなジャムをしているようなミュージシャンがはたしてスローライフをしたい人の何か参考になるのか?
それとも新しいタイプのスローライフなのか?

ギターマガジンのインタビューをしながらある記憶を思い出して笑いそうになった。レッドの頃はとくに話題がないときでも毎月、無理矢理たくさん取材をしていて、あまりにマンネリしたときに何度か企画取材みたいなことをやったことがある。

その時はみんな自分の夢のシーンをやろうと言うことになり、おれは自分の一番したい事ということで、「ブレックファースト・イン・ザ・フォレスト」というタイトルで青山でくだらなく楽しい写真を撮ったことを思い出した。

それはちょっと『ベガーズバンケット』のようなニュアンスだったけど、怪しいミュージシャンが森の中でデザート付きの豪華な朝食を食っている写真だった。

豪華な朝食というわけではないけど、まるで今の生活じゃないかと思った。
なんと俺は80年代からスローライフ指向だったのだ。

たしか別のページでは金髪の女と一緒にいるところをフォーカスされている人もいて、みんなちゃんと自分をわかってたじゃないかと思い感心した。

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by shake_countrylife | 2005-10-21 15:14 | 2005.10~12
クラシックロックジャムと渚
"ホテルカリフォルニア"は10代の頃すでにエンディングのソロをコピーしていたのに、今まで一度も誰かと一緒にやる機会はなかった。まさかこんなにたって今頃それも人前でやるとは思わなかった。今はギターフレーズをコピーするのはとっても苦手なのであの頃やっておいて良かった。リハの時にちょっとアドリヴをやってみたけど、自分でしらけてしまったので、あの曲に関してはレコード通り弾くことにした。

あの曲の完全なアンサンブルはクラシック音楽のようで、とても新鮮な感動があって良かったけど、誰が弾いても同じかなとも思ったので、なんとなくニュアンスで表現できればと思って弾いた。
ただ12弦のアコギのアルペジオをそっくりに弾いて歌えるシンガーというのは、あのイヴェントの中ではとても貴重な存在だと思った。クラシックロックジャムというタイトルなのに、なぜいつもあんなに80年代以降のメタルばかりなのだろうか?

俺にとってのクラシックロックは76年、77年ぐらいが限界なんだけど。
毎回とても和気あいあいとして楽しいけど、それに関してはすごく疑問がある。
もっと楽しい曲がたくさんあるのに。

次の日のイヴェント『渚』は知り合いのトランスユニットUNIのゲストで2曲弾いた。お台場のフジテレビの前の会場には様々な7つのステージがあり、メインの太陽ステージでやった。
こっちの方は完全なアドリヴで約20分ぐらい弾いて、ホーリーマウンテンや深空とも違うぶっちぎれかたがあって面白かった。

LA時代に60年代サイケデリックの精神に自分の自由な場所を発見して以来、とても今のロックだけにこだわっている人達の考えを不自由に感じて、現代のサイケデリックであるトランス/トライヴァルなシーンで何かできる良い事があるんじゃないかと思っていたけど、今回のような関わり方がベストな気がする。
俺自身は何も変わらないし、作らない。デジタルビートにのって、ただひたすら気持ちよくギターを弾いているだけで、宇宙的な音の空間の中で新たな高まりや感情的な興奮を加えることが出来る幸せな結びつきだと思った。

会場内には他にレゲエやアンビエントのステージや、世界の様々なエスニック料理の出店があり、東京とは思えないエキセントリックな人間が集まったピースな空間だった。

ただ俺はあの音を長時間聴いているのは疲れるし、音から逃げたくなる。
そこが問題だ。アンビエントはもちろん気持ちいいけど、もう少し柔らかいビートがあってもいいと思うけど。

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by shake_countrylife | 2005-10-11 15:12 | 2005.10~12
2005.10.6.
カメラマンの三浦麻旅子のモロッコの写真展のパーティーに呼ばれてギターを弾いた。一緒に旅したライターの大島暁美の書いた文章の朗読に合わせてアドリヴで弾くという、ちょっとめずらしい演奏だった。

この二人とはもうレばっかやレッドの初期から20年ぐらいのつきあいが続いている。アメリカにいる頃もよく遊びに来たし、10年前にインドに行ったときも最初の一週間は皆既日食に合わせてヴィデオと写真撮影をし、スタッフが帰った後、3人で1ヶ月もインドを旅したこともある。富士山にもよく遊びに来る。

モロッコの音楽はもちろん弾けないけど、自分なりに砂漠をイメージしながら“太陽に還ろうチューニング”で弾いた。
ある程度の大枠は決めて、後は言葉に反応して弾こうと思ったけど、実際は言葉はあまり聞こえてこなくて声に反応する感じだった。素晴らしいと言うところまでは行かなかったけど良い瞬間もあったかなと思う。3回ぐらいやればもっとなれて良くなると思った。

次の日はホーリーマウンテンのライヴをやって帰ろうかと思ったけど、翌々日にクラシックロックジャムのリハがあったので、そこまで居ることにして裕太郎や中学の友達に会いに行った。

中学の友達というのは初めてバンドを一緒にやったやつで、当時、音楽的にとても進んでいてとても影響を受けたやつだった。いろんな音楽を教えてもらったし、彼もギターを弾いていて俺よりもずいぶんうまかったのに、バンドをやるにあたってドラムを始めた。大学に入ってからはバンドも別々になり、ベースをやりだしてヤマハのコンテストとかで賞を取ったり俺よりはずっと先を行っていたのに、卒業と共に家のそば屋をついで今に至っている。

久しぶりに行ったそば屋は多少内装が変わっていたけど、30年もたっているのに中学の時と同じ場所だった。そこにいると中学の頃の記憶でいっぱいなのに、彼の子供はすでに高校生になってバンドをやっていて、その事実がとても変で面白かった。 
俺がレッドをやったりアメリカ行ったり、富士山に住んだり、あっちこっち飛び回っている間もずっとここにいたのかと思うと、とても不思議な感じがした。 

次の日には子供の頃一緒に暮らしてギターを教えてくれた人の店に食べに行ったり、なぜか懐かしい人達にたくさん会った。

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by shake_countrylife | 2005-10-06 15:11 | 2005.10~12