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shake's COUNTRY LIFE
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カテゴリ:2004.1~3( 11 )
カントリーライフ 祝越冬
ここのところウグイスの鳴き声を良く聞くようになった。
今日もとても暖かく風も気持ちの良くて、ずっと外にいたいと思うような日だった。まだまだ寒い日があるかも知れないし、去年は4月に20センチも雪が積もったらしいのでまだ雪の降る可能性もあるけど、春はもうやってきたといえる。

こっちに住む一番の関門は冬の寒さだった。
この辺の友達は引っ越すと決めるまでは何も言わなかったくせに、引っ越すと決まったとたんうれしそうな顔して冬は寒いよと言い始めたのだった。寒いのはある程度わかっていたけど、さすがにマイナス15度になると聞いたときは考え直すべきか迷った。
迷ったあげく寒さに耐えられなかったときは、毎年その時期だけあちこち暖かいところへ行って楽しく作曲でもすればいいじゃないかという、素晴らしいアイデアによって移住することに決定したのだった。

アラスカにも人は住んでいるし、ニューヨークよりは暖かいと思ったけど、それでもこの最初の冬を越せるのかどうかビクビクしていた。

でも実際、心構えと暖房や防寒に気を配っていれば、散歩以外は出かけるのも車だし、東京のようにビル風もないので、そんなに危険なほど寒さを感じることはなかった。
それでもさすがにマイナス5度を超えるとストーブのそばから離れなくなり、10度を超えると非常事態だという感じがした。そんな日が2,3日あったと思う。自分で実際に温度計で見たのはマイナス12度が最低だったけどその日の明け方はマイナス17度までいったらしい。

それでもまだ少しの余裕があったので、今日はあったかいねなんて自己暗示をかけながら冬のピークに備えて心の準備をしていると、2月に入って少したった時、地元の人がもうこれからは暖かくなるよというのを聞いてホッとした。
実際に見る見る暖かくなっていったけど、ここ一週間ぐらい前まではまだまだ気をゆるめてはいけないと思っていたのだった。

標高1150メートルの冬は、空気がとても澄んで富士山の頂上や南アルプスもさわれそうなほどくっきりすぐそばに見え、ほとんど毎日快晴で明るい光に満たされていた。夜の星も気の遠くなるような数だし、月の明るい夜にスタジオの窓の外に雪の上にウサギを見つけたりしたのも楽しかった。

30分も車で走れば東京よりも暖かい静岡に行けるのに、まるで雪国に住んでいるような気持ちにもなれる。
とにかくここにちゃんと住めることがわかって良かった。

結局一番暖かいダウンジャケットを着たのは2回だけだった。

Shake
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by shake_countrylife | 2004-03-29 14:49 | 2004.1~3
カントリーライフ
久しぶりに雪が20センチ以上積もった。
早速朝起きて歩いてみたけどほとんど動物の足跡はなかった。
朝まで降っていたので夜行性の動物たちが出歩く前に朝になったんだと思っていたら、ひとつ見慣れない足跡を発見した。
ウサギやシカ、キジ、キツネの足跡はわかるので、指の形と大きさから見てきっとタヌキかなと思っていたら、夜になって家のそばで初めてタヌキが歩いてるをを見た。

タヌキに詳しくないので正確なところはわからないけど、キツネじゃないし、アライグマに似ているけどアライグマがいるとは思えないので、タヌキじゃないかと思う。ちっちゃくてかわいかった。
他にも俺はまだ遭遇したことはないけど、この辺にはアナグマ、イノシシ、テン、月の輪熊もいるらしい。去年ゴルフ場に熊が3頭現れてそのうち1頭撃ち殺されたという話を聞いた。

一週間ぐらい前に近所の友達が集まったときにはシカの刺身と、イノシシ鍋を食べた。イノシシは農作物を荒らす害獣と言うことで撃って食べても良いらしいけど、シカは交通事故にあったときだけ食べても良い事になっているらしくて、この辺の人達はシカが道を横切っているのを見ると、車のアクセルを踏み込んで突進すると言っていた。

最近よくシカを見かける。
昨夜遅く帰ってくるとき、シカが一匹樹海の道を歩いていた。
1月に雪が積もったときも、シカの足跡があったからシカは冬眠しないのかな。

Shake
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by shake_countrylife | 2004-03-23 14:48 | 2004.1~3
カントリーライフ ホワイトデイ
ホワイトデイという日は俺が子供の頃にはなくて、ホワイトデイの事を知ったのは18ぐらいの頃だったと思うけど、なんかお菓子業界の策略みたいでうそくさい感じがして、今まで彼女とかにもキャンディーを返すとかそういうことをしたことはなかった。

ところが今年はバレンタインデイに近所の知り合いの家の子供、小学生の女の子5人が坂道を延々と歩いて遊びに来て、そのうちの2人に手作りのクッキーやケーキをもらってしまった。
去年の河口湖でのチャリティーイヴェントに出た時に気に入ってくれたらしい。
それはよかったけど、これはホワイトデイに何かあげないと小学生が傷ついてしまうと思い、生まれて初めてあげることにした。

俺は音楽のこと以外何でもすぐ忘れてしまうので、忘れないようにホワイトボードに書き込んで、いつも他のスケジュールと一緒に確認し、ずっとその日が来るのを待っていた。
やっと昨日ショッピングセンターへ行き、すごく大きなホワイトデイのコーナーでなんとか選び、ちゃんと今日渡す事が出来てホッとした。

まさか44才になって自分にこんな事をするとは思わなかったけど、とても楽しかった。
俺が子供の頃もホワイトデイがあったら良かったかな。

Shake
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by shake_countrylife | 2004-03-14 14:47 | 2004.1~3
Cosmic Mate Meeting#2
1年3ヶ月ぶりのコズミックメイトミーティングは、ゲストの裕太郎、お客さん、440のお店の人も、みんな暖かいヴァイブレーションでとても気持ちよくできた。

このライヴの1部はギタリスト、音楽家として、ひとりで何が出来るのかという気持ちでジャムをやりながら、普段のライヴ以上にわがままに音を探求している。
喜びでありながら半分は挑戦でもあり、ちょっとプレッシャーもあるけど昨日はみんなもそれなりに楽しんでくれたみたいなのでよかった。
こういうジャムはより深く自分の中に入り込めるし、普段のライヴでは感じられない物が感じられると思う。
未来の音楽活動の大きな糧になるので、これからももっとやっていきたいと思う。
家では気がつくと同じループで3時間ぐらい弾いている事もある。
ほとんど瞑想状態でとても気持ちがいい。
本当はこれぐらいやると凄い所に行けたりするんだけど。

みんなにはそれに付き合ってもらってる代わりに、2部ではただ単に気楽に音楽を楽しんでもらおうという趣向で、楽しくアコースティックライヴをやっている。
基本的に俺は未来ばかり見ているので、いつもライヴは何かを模索しながら永遠に未完成のまま進んでいるような気がするけど、この2部はそういった意味で過去もすべて尊重しようと思ってやっている。
だからレッドの曲も楽しくできる。
でも久しぶりにやるとレッドの曲はやっぱり独特の力を感じるし、新しい発見もある。コズミックメイトミーティングはリラックスして、みんなも楽しそうだしこれからもたまにやろうと思う。

今回は裕太郎をゲストに呼んで一緒にできたのがとてもよかった。
もともと音楽のセンスも、見つめている方向もとても近いと思っていたけど、近いながら別の個性を持っていて、リハの時からやっていてとても楽しかった。
このライヴは1部の方にとても神経を使うので、2部はゲストに寄りかかることにしているけど、裕太郎は曲をみんな新たな方向に広げてくれたし、どれもセンス良く色んな引き出しがあって驚いた。
とても客観性のある素晴らしいミュージシャンなので、これからも機会を作って一緒にやりたいと思う。
昨日はよく知り合うきっかけになった、PINK FLOYDの"I WISH YOU WERE HERE"が一緒に出来たのが一番うれしかった。俺も裕太郎もこの曲も歌詞がとても好きだから。

見に来てくれた人もみんなありがとう。
とても素晴らしい44回目のBIRTHDAYになったよ。
次はまた深空で決闘だ。

Shake
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by shake_countrylife | 2004-03-09 14:46 | 2004.1~3
カントリーライフ #11 買い物
家のそばで買い物ができるところはたった一件しかない。
2キロぐらい離れたところに、この近辺10キロ四方にたったひとつだけという信号のそばに農協が1件あるだけ。一番近いコンビニまでは10キロはある。
そのほかの買い物となると車で20分から30分はかかる。たいてい河口湖、富士吉田周辺か静岡方面に行く。
樹海や牧場を抜けて行くこの買い物ドライヴがとても気に入っている。
特に冬は空気が澄んでいてくっきりと雪をかぶった富士山の周りを回りながら静岡方面に行くと遠くで大きな海が輝いている。

昨日は新しいマグカップを買おうと思い、たまには甲府へ行ってみることにした。甲府はこの前、12才の時以来ライヴで初めて行ったけど、街の中心地までは50分ぐらいかかる。
甲府までの道は素晴らしく、何年か前までは有料道路だったところで、精進湖を抜けた後は延々山間の道を渓谷沿いにダイナミックに下ってゆく。
30分ぐらい行くと一気に目の前が開けて、遠く下の方に甲府盆地が現れる。
上から見ると真っ白な南アルプスやその他の山に囲まれて、本当に盆地なのがわかる。
甲府の街に入ると、昇仙峡16キロという標識が見えてしまって、どういうところかも知らずに急きょ予定を変更して行ってみた。
16キロならコンビニを往復するより近いので、俺にとってはすぐそばなのだ。
何も知らなかったけど昇仙峡はまるでアメリカの国立公園のようなダイナミックなところだった。
ごつごつした岩山がばーんと割れて、急流になったところに、直径20メートルぐらいの巨大な石がいくつも落ちて流されていて、自然の力のすごさを物語っていた。
ああいう大きな石を見ると人間の力ではどうにも出来ない怖さと、うれしさが突き上げてくる。
一番上が滝になっていて、そこから何キロも美しい渓谷が続いていた。
冬の平日で、店も休みで人もほとんどいなく、とても恍惚感をともなう気持ちの良いドライヴだった。

Shake
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by shake_countrylife | 2004-02-18 14:44 | 2004.1~3
2004.2.14
雑誌『ロックJET』の取材でDOORSについてのインタビューをやった。
DOORSは日本では売れないらしく、特集号は作れないので第2特集という形で1年間やることになっていて、その第2回目という事だった。

爆発的にパワーのある物が好きだった20代の時の反動で、30代の頃はDOORSやピンクフロイド、ニコなどのダウナーな世界にとりつかれ、暗黒の穴に引きずり込まれたまま過ごした。今はとっくに穴からも脱出して太陽と戯れているので、ほとんど聴くこともなくなったけど、取材のために思い出さなければいけないのもあって、都内に向かってドライヴしながら久しぶりに聴いてみた。

久しぶりに聴いたDOORSは強烈で、太陽が輝く中、暗くミステリアスな美しさに包まれて、おなかの下の方に何か黒い大きな真実のような物が突き上げてくる感じがした。
中央高速の山の合間を抜ける景色と蛇のような音楽が一体化して、運転しているのを忘れてしまいそうだった。

DOORSについては20代の頃までは『LIGHT MY FIRE』がちょっと良いぐらいで、あまり良さがわからなかったけど、その後LAに住んだということもあって、オリバーストーンの映画を見たりするうちにだんだんとリアルな存在になってきた。
60年代のLOVE & PEACEの風潮の中で、全く独自の個性を発揮していたこのバンドの水面下にある巨大な物を感じるようになると、音楽がいっきに凄い迫力で迫ってくるようになった。
その正体の分からないどす黒いうねりに取り憑かれた。

興味のほとんどはジムモリソンだけど、他の3人のメンバーもジャズやインド音楽が好きでビートルズよりも前にマハリシの瞑想道場で出会ったというところがDOORSの音楽を独自なものしていると思う。

その頃、自分ももっとリアルな物を作るために、音楽の外側に目を向けてみようと思い始めた時代だったこともあって、DOORSの音楽の中をさまよいながら、ジムモリソンを通してインディアンや、ランボー、ブレヒト、ニーチェなど自分なりに探求してみたりもした。
空っぽで何もないところのように思えた砂漠が、美しいと感じるようになったのもきっかけはジムモリソンだった。

個人的に30代前半は普通のロックやポップスがばからしくて聴けなくて、クラシックやインド音楽、ジャズ、ロックでも長くて暗い曲ばかり聴いていた。
『THE END』も毎日昼ごろ起きてブラインドをおろしたままの薄暗い部屋でよく聴いた。寝ぼけ頭で聴く『THE END』はまるでシャガールの絵のように砂漠の上をゆっくり飛んでいるようで気持ちよかった。

久しぶりにモリソンの穴の中に引きずり込まれてみると、そこは真実の結晶のような美しい場所であると同時にとても不幸せで危険な所だった。
もし今でもモリソンが生きていたとしら、とっくにそこにはいないだろう。
自分的には軽薄でいる方が人生は幸せなので、もうどっぷり浸かることはないだろうと思った。

Shake
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by shake_countrylife | 2004-02-14 14:43 | 2004.1~3
2004.2.8.
『キブツ』の講演会に行って来た。
講師は山中湖に住んで喫茶店もやっているという樋口範子さんというヘブライ語文学の翻訳家だった。

『キブツ』というのは戦後イスラエルというユダヤ人の国家が新たに出来たときに、ホロコーストなど過去のねたまれる原因になったいろいろな国での金権主義を反省し、理想的な人間本来の生き方をめざし建国にあたって考え出されたという国営の農場村だ。

樋口さんは東京生まれで田舎もなく、農業をやる事にあこがれていた60年代の終わりに、高校を卒業と同時にイスラエルへ行き『キブツ』で2年間農作業をして暮らした。その時の経験とイスラエルの歴史的状況と現状ををわかりやすく話してくれた。

当時、国中に600の『キブツ』があり人数は1000人前後。
そこでの生活はとてもシンプルで、朝は4時から夕方の4時まで農作業をはじめ、あらゆる事を住民で手分けをしてやる。
頭脳労働と、肉体労働の平等評価。
食事もとてもシンプルで一週間に分けてきっちりメニューが決まっている。
そして夕方から寝るまではみんなでダンスを踊り、映画を鑑賞し、おしゃべりをして過ごす。
『キブツ』の中ではすべての人が平等で、財産もお金の概念もなく衣食住はすべて配給でたばこなどの嗜好品を得るためのチケットがあるだけ。
代議士はいなく決めごとはなんでも全員参加の総会で決めるなど他にもいろいろあった。

理想的な社会主義国家のようでもあるけど、出入りは自由なので、どちらかというとヒッピーコミューンをまじめにしたような物のように思える。
その時代、人々はみんなとても豊かで喜びに満ちていたという。
最近、アメリカとかでも評価されているらしい。

樋口さんも『キブツ』で過ごした2年間はもっとも充実し、輝いていたと言った。
アポロが月に降りるところを、全員でたったひとつのテレビで一緒に見た感動が忘れられないと言っていた。

ただ最近は、それぞれ電話、テレビ、冷蔵庫を持つようになり、人々の絆が薄れてしまっているらしい。

もし自分がそこにいたらどうだろうと考えてみた。
きっとしばらくは素晴らしい時間が持てると思うけど、ギターも弾きたいし、一人でいること、人と違うことをするのが好きなので、そのうちどこかに行きたくなっちゃうだろうと思った。

Shake
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by shake_countrylife | 2004-02-08 14:42 | 2004.1~3
カントリーライフ#10 冬花火
河口湖で真冬の一ヶ月間毎週末やってるという冬花火を見に行った。
冬は空気が澄んでいるので星がとてもきれいだけど、花火もきれいに輝いてた。
寒いので時間は30分という短い時間だけど、その短い時間にあらゆる技を凝縮しているのでかなり見ごたえがあった。

夏に河口湖で見たときもびっくりしたけど、今まで見たこともないような光り方や不思議な動きの花火がいっぱいあって、花火も毎年進化しているんだなと思った。
ナパーム弾のように、落ちながらついたり消えたりするのもあってベトナム戦争みたいだった。

気温はマイナス2度だったけど、顔に当たる湖畔の弱い風は痛かった。

夜は近所のドイツ語の先生と新聞の洋画担当の記者という妙な組み合わせのカップルの家にイノシシ鍋パーティーに呼ばれた。
実際に知り合いが狩りをしてきたらしい。
この家には去年の夏にも庭で羊を丸焼きにするというパーティーに呼ばれた。
次は熊の唐揚げでも誘ってくれるかな。
イノシシは生まれて初めてだったけどなかなかおいしかった。

ドイツの文学や音楽が好きだといったら、ニーチェの解釈をしてくれた。
ニーチェはジムモリソンの影響で伝記を読んだり、そのほか思想の主なところを自分なりに理解していたけど、俺の理解よりはずっと救いのあるものだった。
とにかく20世紀のありかたに大きな影響を与えた人間だと思う。
ニーチェに限らず30代の頃は、どこに本当の生き方があるのか探していろんな思想や宗教の本を読んだ。

でももう21世紀だし、もう人の思想は関係ないかな。
ロマンティックな楽しみとして色んな事を知っておくのは良いけど、大事なものは人それぞれの中にあるということが良くわかってきたし、もう探す必要は感じない。
あと自分に必要なことははゆっくり、日々の生活の中で感じ取っていけば良いと思ってる。

Shake
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by shake_countrylife | 2004-01-25 14:40 | 2004.1~3
カントリーライフ#9 おとぎの世界
深空のライヴの後、富士山の家に帰ったら待望の雪が積もっていたので、次の朝、早速あちこちドライヴした。車は四輪駆動でスタッドレスタイヤに交換してあるので、わりと強気にどこでもがしがし入ってみた。一度、除雪してない下りの坂道に入ってしまった時はハンドルもブレーキも利かなくなって斜めに滑り落ちた。焦ったけど2メートルぐらいですぐ止まり、バックで登れたので助かった。雪の多い下り坂は入ってはいけないことがわかった。
天気はとても良く、雪は徐々に解けていったけど、山に囲まれた本栖湖とかは特にきれいで満足して帰った。帰ってみると、結局一番雪が深かったのは家の回りで、それがとてもうれしかった。

驚いたことに一晩寝て起きたら今度は40~50センチも新たに積もって、それでもまだ降り続いていた。雪が降ると暖かいというのは聞いていたけど、本当に全く寒さを感じなかった。

それは完全に閉ざされた世界のようで、あきらめと大きな喜びがこみあげてきた。もう音楽どころではないので、外に出て写真をいっぱい撮った。雪に包まれた朝は静かで、不自然な感じに明るく夢の中にいるような感じだった。
たまに鳥の声が聞こえて、気づくと食べ物がないのか、すずめを黄色くしたような鳥がめずらしく近ずいてきたりした。

そのうち除雪車がきたのでこの日もまた車で出かけた。
走り出すとすぐに濃い霧が出てきて、いっそう幻想的な感じになってきた。相乗効果で興奮はどんどん高まり、久しぶりに犬のような気持ちになった。

森や牧草地など雪の上をタイヤを滑らせて走る不思議な喜び、真っ白な雪と霧に中に馬が立っている映画のような光景、牛は一切何も感じていないらしく、いつも通りじっとしていた。

湖めぐりを始めた頃、太陽と青空が出てきて現実に戻った。
精進湖は凍っていて、広い樹海の向こうで富士山がより大きく見えた。

Shake
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by shake_countrylife | 2004-01-20 14:39 | 2004.1~3
深空でイヴェントに出た。
この日はASIA初登場だったけど、一緒に出たバンドのメンバーがみんな一緒にやるのをとても喜んでくれて、俺達にとって良いムードのイヴェントだった。新曲を入れて6曲インスピレーションを感じながら演奏できた。

深空はピアノとギター、打ち込みのリズムという形態なのでその分制約も多いけど、何をやっても新しい感じになるので面白い。
今までも何度かライヴはやっているけど、音楽的にもやっとスタイルが見えてきた段階なので、しばらくは実験としていろいろ知らない場所に出ていこうと思ってる。

次の日、映画『真実のディートリッヒ』を見に行った。ディートリッヒは俺にとってずっと特別な存在で、孫が監督したというこの映画も強烈だった。
帰りは雪の降る中、たまたま車の中にディートリッヒのカセットがあったので、それを聴きながら中央高速をドライヴして帰った。
降り続く雪と映画の強烈な感動とが一つになっていた。
ディートリッヒの幸せな歌を聴きながら、山や相模湖の間をのんびりすり抜けていくのは素晴らしい気分だった。

家についたら家がかまくらになっていた。
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Shake
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by shake_countrylife | 2004-01-19 14:36 | 2004.1~3